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マネーの時代の終わり -その2「金融バブルの必然」

 前回(マネーの時代の終わり -その1「終わりの始まり」)の続きです。今回から、何回かに分けて、「マネーの時代」におけるいくつかの様相を書いてみたいと思います。

 金融経済化が進展する過程、すなわち「マネーの時代」に、最も成長した産業は金融業です。例えば米国では、製造業など旧来型の産業が廃れ、金融業が最大の産業となりました。

 そして金融業は、大変儲かるビジネスになりました。しかしそれは、危ない橋を渡った結果でもあるのです。金融業の膨張はバブルを創出し、それは必ずクラッシュに至ります。これがマネーの時代の一つの特徴であり、限界を示すものでもあります。

□ 黒子から花形へ

 金融とは、もともと産業界の黒子的存在でした。金融はなくてはならない存在ですが、それを活かすのはあくまで”実業”でした。ところが、金融経済化の進展とともに、金融ビジネスは産業界の主役に躍り出ます。

 マネーが黒子的にビジネスを支えるのではなく、マネー自体が収益を稼ぐビジネスモデルが次々と生み出されたのです。投資銀行を筆頭に、金融会社はバランスシートを拡大し、マネーに稼がせるビジネスモデルに転換していきました。

□ マネーとリスクの増殖

 マネーに稼がせるビジネスモデルでは、投資額を拡大すればするほど収益は拡大します。とても単純で簡単なことです。多くの金融機関が、この安直な戦略を実行しました。その結果、負債が自己資本の何十倍にも達し、財務的には非常に高いリスクを負うことになりました。

 もう一つ、マネーで儲ける単純な法則があります。それはハイリスクの投資を行うことです。この単純な法則は、複雑な金融技術を用いて、巧妙に実施されました。リスクを見えにくくすることにより、「ハイリターンでありながら、リスクは限定的に見える」金融商品が次々と開発され、世界の金融市場にばら撒かれました。

 これは「リスクのババ抜きゲーム」のようなもので、”ババ”を巧妙にカムフラージュし、他人に押し付けることによって、自己利益を増殖しようとするものです。ところが、”ババ”はどんどん増殖し、いつしか各社の手持ちカードは”ババ”だらけになっていたのです。

□ リスクはいずれ顕在化する

 リスクは顕在化しない限り、誰の痛みにもなりません。リスクを拡大すればするほど、短期的には、金融ビジネスの利益は拡大します。このようにしてリーマンブラザーズなど投資銀行の収益は拡大し、社員の平均年収は数千万円(ゴールドマンサックスの場合7000万円!)、経営者の年収は数十億円に達しました。

 しかしリスクはいずれ顕在化します。彼らも金融のプロですから、そんなことは承知の上です。ただし人間のリスク感覚は麻痺します。危ない橋も何度も渡れば、怖くなくなります。それに「危ない橋を渡ることで何億円もの年収が得られ、失敗しても失業するだけ」だとすれば、たいていの人は危ない橋を渡ることを選ぶでしょう。

 こうして橋の許容量を遥かに超えるマネーと人が、橋を渡ったのです。そして橋は崩壊しました。

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