「成長戦略」に戦略性はあるのか

 かねてから「成長戦略がない」と批判されてきた民主党政権が、「新成長戦略」なるものを発表しました。今まで成長を阻害しかねない政策を推進してきた民主党政権が成長への意欲を示したことや、財政を殺しかねないバラマキ施策を積み重ねてきた政府が財政再建への意欲を示したことは、基本的に好ましいことだと思います。

 しかしこの「戦略」の中身は、いささか迫力不足ですね。この程度の施策内容で「GDP伸び率1%押し上げ、500万人の雇用創出」という目標達成ができるかどうか、手放しでは信じられません。またさして骨太とは言えないこの程度の施策でさえ、今の政府に実行能力があるのかどうか、心もとない気がします。

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内需は回復に向かうのか?

 景気の回復に勢いがついてきました。輸出企業を中心に業績の上方修正が相次いでおり、株価も上昇しています。ただし景気の先行きには、不安も付きまといます。それは経済の”大黒柱”である個人消費が、依然として低迷しているからです。

 1990年代以降の「失われた20年」における国内景気は、外需が牽引して浮上したののの個人消費が浮上せず失速するというパターンを繰り返してきました。今回の景気回復が本物かどうかは、外需の好況が内需に波及するかどうかにかかっており、個人消費の動向には注意を払う必要があると感じています。

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名門企業J社の末路 ―その2 破綻に至る道

 前回の記事(「名門企業J社の末路 ―その1 放漫経営の手口」)に続き、破滅的な放漫経営を続けているJ社について書きます。

 J社は毎年巨額の赤字を垂れ流し続けているだけでなく、年商の10倍をはるかに超える有利子負債を抱えています。それにもかかわらず、J社の資金繰りには現在のところ、大きな問題が生じていません。その理由は傘下のY銀行が集金マシーンとなって、貯金をかき集め、J社に融資している(より正確に言えば、J社の社債を買っている)からです。

 J社がY銀行の資金に依存していることは明らかです。計画通りY銀行がJ社グループの傘下を離れれば、J社が放漫経営を続けることは困難です。

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名門企業J社の末路 ―その1 放漫経営の手口

 J社は没落の途上にある名門企業です。J社は広範な事業を手掛けており、社員数も膨大です。しかし時代遅れビジネスモデルの改革を怠ってきたため、J社の事業は著しい不振に陥っています。

 J社の抱える最大の問題は、財務の著しい悪化にあります。J社の売上高は500億円以下まで落ち込んでいるのに、J社の借入金は1兆円近くもあります。こんなひどい状況でも、J社の財務が破綻をきたさない理由は、”Yマジック”とも言うべき、資金調達手法にあります。

 J社はY銀行という銀行子会社を持っており、Y社が集めた貯金のほとんどがJ社に対する融資になっているのです。そしてY銀行の貸付金は、J社の社員の貯金が元手になっています。J社の社員は、J社の財務が危機的状況にあることを正しく認識していません。それどころか「身内だから安心」と、老後資金の大半をY銀行に貯金しています。

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経済危機の効用

 現在多くの企業は、不況のどん底でもがくような経営を余儀なくされています。しかしその中でも、成長を成し遂げている企業があり、最近は「最高益更新」というような景気の良い話も持ち上がるようになってきました。

 一昨年以来の経済危機は、企業に「改革か死か」という踏み絵をつきつけました。つまり改革できた企業のみが生き残り、改革できない企業は未曽有の不況の泥沼に沈むということです。そしてなまじの不況でないからこそ、不退転の覚悟で改革を進めることができるとも言えます。

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中国特需の行方

 相変わらず不景気な話が充満している日本経済の状況ですが、一部の業界では”中国特需”で業績が急回復しています。自動車業界や機械業界の一部ではフル操業状態になっているようですし、業績予想を上方修正する企業も目立っています。

 今までの日本企業の市場戦略は、日米欧の先進国市場が「本命」であり、中国に対しては「有望であるが難しく、あまり深入りしたくない市場」という本音であったと思われます。しかしこれからは、間違いなく中国を「大本命」と位置付けなければなりません。

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「縮小均衡」経営

 2010年3月期の第3四半期決算が出そろいつつあります。そして2009年度の企業業績の見通しが、概ね明確になってきました。そこで目立つのは「減収増益」の業績見通しです。

 企業業績は、約1年前に”需要蒸発”と言われたほど厳しい状況ではなくなっています。しかしデフレの影響もあり、売上を伸ばすことは困難です。その一方で企業の合理化努力やデフレによる原価低下により、コストの引き下げは大幅に進捗しています。その結果が「減収増益」という結果になっているのです。

 「増収減益」とは、言い換えれば「縮小均衡」ということになります。現在の経営環境においては、企業を縮小均衡させることも重要な経営能力と言えそうです。

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「ゼロ年代」とは何だったのか ―その3 「経済成長史観」の終わり

 昨年末から2年越しで、「ゼロ年代」(2000年から2009年までの10年間)を振り返る記事を書いています。
  「ゼロ年代とは何だったのか ―その1 歴史の移り変わりの中で
  「ゼロ年代とは何だったのか ―その2 停滞から衰退への分水嶺

 ゼロ年代は「捉えどころのない”冷えた時代”」であるとともに、経済が「停滞期」から「衰退期」に移行した時代であると位置づけることができると考えられます。そしてそれだけでなく、20世紀の日本を導いてきたいくつかのキーコンセプトが失われた時代であると、捉えられるのではないでしょうか。

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「ゼロ年代」とは何だったのか ―その2 成熟から衰退への分水嶺

 あけましておめでとうございます。今年もこのブログを「ぼちぼちと」続けて行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

 さてこのブログでは、前回の記事(「『ゼロ年代』とは何だったのか ―その1 歴史の移り変わりの中で」)から、2000年から2009年までの10年間を大局的に振り替えるという試みを行っています。

 前回も述べたように、ゼロ年代は時代を象徴するような大きなイベントもなく、捉えどころのない時代です。ただその性格を言葉で表すと、「喪失」、「衰退」等のネガティブワードを使わざるを得ないと思います。

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「ゼロ年代」とは何だったのか ―その1 歴史の移り変わりの中で

 「ゼロ年代」とは、聞きなれない言葉かもしれません。今までわれわれは、特定の時代を指すときに「60年代」とか「80年代」といった歯切れのよいフレーズを使ってきました。それでは2000年から2009年までの10年間は、何と呼んだらよいのでしょうか。「2000年代」では、2000年で始まる10年間を指すのか、100年間を指すのか、はたまた1000年間を指すのか紛らわしいですよね。

 そこでこのブログでは、この時代を「ゼロ年代」と呼びたいと思います。ゼロ年代という言葉は、この時代特有の”喪失感”のような雰囲気を表していると思います。

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